札幌家庭裁判所 平成9年(家)890号 審判 1998年9月14日
申立人 X
相手方 Y
未成年者 A
主文
本件申立てを却下する。
理由
1 申立ての趣旨及び実情
申立人は、「相手方は申立人に対し、未成年者の養育費として毎月8万円を支払え。」との審判を求め、その理由について、「申立人と相手方は、平成7年1月20日、未成年者の親権者を母である申立人と定めて協議離婚し、以来今日まで申立人がパートタイマーで働きながら未成年者を監護養育しているところ、相手方は、離婚の際、申立人に対して未成年者の養育費として毎月25万円を送金すると約束しながら、平成7年5月に8万円、平成8年4月に5万円、同年11月に8万円の送金があっただけで、いくら催促しても送金してくれず、養育費に困っているので、本件申立てに及んだ。」旨述べた。
2 当裁判所の判断
(1) 家庭裁判所調査官による調査報告書その他一件記録によれば、次の事実が認められる。
ア 事実経過
<1> 申立人は、昭和63年3月15日、相手方と婚姻し、平成○年○月○日、未成年者をもうけたが、相手方と同人の弟との間の遺産相続をめぐるトラブルが発端となって、平成7年1月20日、協議離婚し、申立人が未成年者の親権者となった。そして、相手方は申立人に対し、遺産相続で得た約1000万円のうち約900万円を申立人及び未成年者の今後の生活保障の趣旨で支払い、申立人は、このうち約700万円をこれまでの申立人自身の借金の返済に充て、残りは引越費用や後述する再婚相手の借金の返済に充てた。
<2> 申立人は、平成7年3月ころ、相手方との結婚前に交際していたB(昭和○年○月○日生。以下「B」という。)の所在が判明したことから連絡し、相手方と離婚した旨を告げたところ、Bから「それなら、小さい子を抱えて大変だろうから一緒に暮らそう。」との申し入れがあった。そこで、申立人は、未成年者を連れて札幌に引っ越してBと同居するようになり、平成7年10月22日、Bと再婚し、同人の意向もあって、同年11月10日、未成年者はBの養子となった。しかし、申立人は相手方に対し、Bとの再婚や養子縁組の事実を知らせなかった。
<3> 未成年者は、平成8年4月、小学校に入学したが、Bは、未成年者の養育を申立人に任せっきりだったため、申立人は、未成年者の入学費用の不足分等をサラ金から借金するようになった。しかし、申立人は、サラ金の返済に行き詰まり、また、離婚後とびとびながらも相手方から支払われていた数万円の未成年者の養育費も途絶えたことから、返済のためにサラ金から借金するという自転車操業状態になり、同年10月18日、未成年者を連れて一旦実家のある○○町へ帰った。これに先立ち、相手方は、申立人の実家から「申立人が付き合っている男と別れると言っているので、引き取るため、援助して欲しい。」と持ちかけられたことから、引越費用として約50万円を申立人の実家に渡し、申立人が実家に身を寄せてからは毎月数万円を申立人に手渡したりしていた。その後、相手方が申立人に対し、このまま○○町で生活するのであれば引き続き面倒をみるつもりである旨を話したところ、申立人はこれを断り、既にBと再婚したことを告げた。すると、相手方は「この売女。」と言って未成年者の面前で申立人を殴打した。申立人は「そんなことしたら、もう養育費ももらいに来れないでしよ。出るところに出るわよ。」と言ったところ、相手方は「裁判に訴えるなら訴えてみろ。」と言ってけんかになった。
<4> 申立人は、平成8年12月22日、未成年者を連れて札幌に居るBの元へ戻り、以後、相手方との接触や養育費の送金は途絶え、申立人や未成年者が相手方に対して養育費を求める手紙を送っても相手方の反応はなく、借金の返済で生活が苦しくなり、アパートの家賃も滞納しがちとなった。その後、申立人は、アパートの管理人から司法書士の紹介を受け、平成9年7月14日、本件申立てに及んだ。
<5> ところで、申立人は、本件申立ての際、相手方との離婚の際に取り交した月額25万円の養育費の負担の取り決めを盾に高額の養育費の取り決めを迫れるものと考えていたが、その後、本件のような公的機関を通じての方法ではあまり高額な養育費の取り決めは期待できないと感じるようになり、相手方との間で直接約束を取り交わそうと考えた。そこで、申立人は、平成9年10月24日、Bと協議離婚し、Bは、同日、未成年者と協議離縁した。そして、申立人は、未成年者を連れて○○町の実家へ帰り、その際、相手方から家賃滞納分として約40万円の支払を受けた。
<6> その後、相手方は申立人の実家に対し、養育費として月額5万円、生活費として3万円の合計8万円を渡していたが、申立人は、直接これを受け取ることができず、また、将来的な養育費の支払についても相手方と思うような取り決めができず、実家では肩身の狭い生活だったこともあり、平成10年3月下旬ころ、実家を出て札幌に戻った。
なお、申立人は、前記のとおり、多額の借金を抱え、生活に困窮していたところ、平成9年12月末ころ、札幌簡易裁判所の民事調停で借金全体を整理し、月額6万8000円ずつを返済することで債権者らと合意している。
<7> 申立人は、母子二人で生活保護を受けて生活することを考えていたが、平成10年4月7日、Bと再び婚姻し、同日、未成年者はBの養子になり、現在に至っている。
イ 申立人及びBの経済状況
申立人は、本件申立て時から平成9年10月までは札幌市内の「a」の社員食堂(パートタイマー)に勤務し、同年4月分ないし同年7月分の平均月収は8万0535円であり、同年11月から平成10年3月までは○○町の「b」に勤務し、平均月収約11万円及び児童扶養手当を得ており、同年4月から同年6月までは無職だったが、同月末からは札幌市内の「c」にパートタイマーで勤務し、時給700円である。そして、申立人は、前記aに勤務していた平成9年4月から同年7月までの間、時給610円で最高月額8万9685円の収入を得ていたことが認められるから、現在も前記同額程度の収入を得ているものと推定し、前記同額をもって申立人の収入と認定する。
次に、Bは、△△ハイヤーの運転手をしており、平成8年11月、平成9年1月、同年4月及び同年5月の平均月収は20万5774円である。
したがって、申立人及びBの総収入は、月額29万5459円になる。
以上の総収入から、申立人の職業費として前記収入の10パーセント相当額(月額8968円)、Bの職業費として前記収入の15パーセント相当額(月額3万0866円)、Bの公租公課として所得税、住民税及び社会保険料等の合計月額3万6423円、特別経費として家賃、Bの給与から天引きされる労働組合費、厚生部費及び未成年者の学童保育料の合計月額8万7327円をそれぞれ控除すると、申立人及びBの基礎収入は、月額13万1875円になる。
295,459円 - 39,834円 - 36,423円 - 87,327円 = 131,875円
(総収入) (職業費) (公租公課)(特別経費)
これに対し、生活保護法による保護の基準(平成10年3月31日厚生省告示第121号)に基づいて未成年者を含む申立人世帯の最低生活費を算出すると、生活保護級地は1級地-2、冬季加算区分はI区であるから、以下のとおり月額17万4855円になる。
第1類 申立人(48歳) 3万6830円
B(49歳) 3万6830円
未成年者(9歳) 3万5150円
第2類 基準額 5万0950円
冬季加算額 1万5095円
(36,230円×5÷12 = 15,095円)
ウ 相手方の経済状況
相手方は、実弟が経営する株式会祉○△から給与・賞与の名目で年間240万円(平均月額20万円)の支払を受けている。しかし、この240万円は、相手方の弟が相続した土地の駐車場収入を○△の収益と計上したうえで、ほぼ同額を相手方の給与として支払う形になっており、その反面、相手方は、本来支払義務を負わない前記土地の固定資産税として月額約3万円を負担している。このような事情を考慮すると、相手方の職業費として前記平均月額20万円の25パーセント相当額(月額5万円)を控除するのが相当であり、さらに公租公課として所得税、住民税及び社会保険料の合計平均月額3万1858円、特別経費として家賃1万円をそれぞれ控除すると、相手方の基礎収入は、月額10万8142円になる。
200,000円-50,000円-31,858円-10,000円 = 108,142円
これに対し、前記生活保護の基準に基づいて相手方の最低生活費を算出すると、生活保護級地は3級地-1、冬季加算区分はI区であるから、相手方の最低生活費は、以下のとおり月額7万5667円になる。
第1類 相手方(55歳) 3万1630円
第2類 基準額 3万5650円
冬季加算額 8387円
(20,130円×5÷12 = 8,387円)
(2) 以上の認定事実によれば、申立人及びBの基礎収入は、生活保護法による最低生活費を約4万円下回っており、申立人及びBは未成年者に対し十分な扶養義務を履行することができない状況にあると一応いうことができる。
しかしながら、前記認定事実によれば、申立人が本件申立てに及んだのは、専ら申立人の都合で抱えてしまった多額の借金の返済による生活の困窮が理由であることは明らかであるところ、申立人は、相手方から受け取った約900万円もの離婚給付金を借金返済のためなどに短期間で費消したばかりか、離婚後も相手方から何度となくまとまった金員の支払を受けては未払家賃などの支払に充てていること、本件申立て後の申立人の行動は、ひとえにより高額の養育費を得るための行動であり、そのために未成年者に転居、転校を強いるなど、親権者として真に未成年者のことを考えて行動しているとは到底考えられないこと、加えて、申立人は、家庭裁判所調査官による養育費試算の調査の過程で、前記のとおり、離婚、再婚、転居など生活状況をめまぐるしく変動させ、かつ、そのことを家庭裁判所に知らせなかったことによって調査を長期化させたことが認められる。また、前記のとおり、申立人及びBの基礎収入は最低生活費を下回っているけれども、前記認定事実に照らせば、申立人及びBには未成年者を扶養すべきなお一層の自助努力が求められて然るべきである。
以上の諸事情を総合考慮すれば、申立人の本件申立ては、申立人が抱えている借金の返済による生活の困窮から免れるため、未成年者の養育費請求という形式をとって相手方に自己の借金の一部を肩代わりしてもらうことを求めているに等しく、信義則に反し、権利の濫用であると認めるのが相当である。
(3) よって、本件申立ては理由がないから却下して、主文のとおり審判する。
(家事審判官 島岡大雄)